吹奏楽部の怪談 [コラム]

 今回は日本の吹奏楽部に伝わる沢山の怪談(迷信)について書きたいと思います。夏恒例の怖い話だと期待した方、申し訳ありません。

 何年か前、私の生徒(高校生)がアルバイトをして溜めたお金でクラリネットを買いたいと相談に来ました。「一生懸命アルバイトしたけれども、部活が毎日休み無くあり、中々お金が溜まらない。」「今あるお金で何とか良い楽器が買えないか。」と言う相談です。ここは私としても何とかしてあげたいと思い、早速、お茶の水の楽器店に勤める友人に事情を話し相談した所、中古で良さそうな物がある、値段も何とか予算内に収めてくれると言う事です。早速、試奏に行きました。
 その楽器は、見た所あまり使っていない楽器の様です。しかも、本体に使われている木の程度も良く、試奏した所、鳴り、音色共に文句無しです。バランスや音程に気になる所はあるものの、調整可能な範囲です。しかも、その調整は無料でしてくれると言う事です。調整は1時間程で済み、吹奏楽で高校生が吹くには文句無しの楽器が出来上がりました。その日、その生徒のレッスンがあったので、その楽器を持ち帰り生徒に吹かせた所、生徒も大喜びで購入を決めました。しかし、ここから怪談が始まるのです。

 次のレッスンの時私が「楽器の調子はどう?」と聞くと、生徒は「この楽器は良く無いから学校では吹かないように言われました。」と寂しそうに答えるのです。確認の為に吹いてみましたが問題ありません。生徒も気に入っていると言います。事情を聞くとこういう事の様です。
 その生徒が通う学校の吹奏楽部ではクラリネットはヤマハのカスタムに統一しているそうです。他の楽器を使うと音色、音程が合わないので使わせないそうです。マウスピースもバンドレンの5RVに、リードはバンドレンの3半を使う事になっているそうです。「未だにそんな学校があるのか・・・。」と唖然としました。

 ここでの怪談(怪しい話)は「楽器、マウスピース、リードを揃えれば音色、音程が合う」と信じている事です。先程例に上げた組み合わせが良く無いと言う事ではありません。
 仮に楽器を揃える事で音程が合うとしましょう。そうだとしても、合うのは全員がユニゾン(同じ音)で吹いた場合だけです。ハーモニーを吹く場合は和音の構成によって音程を調節しなければならないので、楽器が元々持っている音程は役に立ちません。ハーモニーの場合は同じ楽器を使っても演奏者に音程調節能力がなければ音は合わないのです。音程を調節する為には各人が自分に合ったマウスピース、リードを使う必要があります。体格、体力、顎の形、歯並びが違う人達が同じマウスピース、同じリードを使うのは無理があり、人によっては楽器のコントロールが出来ないだけでなく、身体を壊してしまう場合もあります。
 また、これらを揃えると本当に同じ音色になるのでしょうか?この答えは皆さんがいつも吹いている楽器をプロや上手な方に吹いてみてもらえばすぐに分かるはずです。楽器の音色は演奏者によって大きく変わるのです。これらはクラリネットだけで無くサックスや他の管楽器でも同じです。
 更に、吹奏楽の場合沢山の種類の楽器を使います。それぞれのパート毎に楽器等を揃えて(仮に)音色、音程が合ったとしても、全体で音程、音色等のバランスがとれていなければ殆ど意味がありません。

 次の怪談は「音程に個人差がある」と言う事です。
 中学校や高校の吹奏楽部を教えに行って最初に気になるのがチューニングの考え方ですが、この話は長くなってしまうのでここでは個人差に関してのみお話します。
 「私は音が高いので他の人よりチューニング管(サックスの場合はマウスピース)を抜いています。」とかその反対の話を良く聞きます。これは個人差でしょうか?私は違うと思います。楽器の音程は物理的に決まります。ですから、同じ楽器を使えば誰が吹いても同じ音程が出るはずです。最近の楽器は大変良くできています。楽器毎のピッチ(音程)の差は殆どありません。ですから、チューニングは皆同じにしておけば合うはずです。ただ、口の中の容積を変える事で音程はある程度変化させる事が出来ます。ですから、実際にはいつも音が高い人、低い人は存在します。
 いつも音が高い人は口の中の容積がいつも狭いはずです。口の中の容積が狭い人の多くは力任せに吹く癖があるはずです。このような人の場合厚いリード(3以上)を使っている場合が多く、吹く度に唇を傷めている人が多いはずです。そのまま続けていれば顎関節症になる事も多く、そうなれば大好きなサックスも吹けなくなってしまいます。
 また、いつも音が低い人は口の中の容積が広い人です。この様な人の場合は唇や顎等を傷める心配はないのですが、息のスピードが上がらないので、中々良い音がでません。高い音が苦手な人も多いはずです。
 つまり、これらは個人差ではなく奏法に問題があるのです。体を傷めない為にも、楽器が早く上達する為にも、標準のチューニングで音が合う奏法を身に付けた方が良いと思います。
 正しい奏法を身に付けていれば、個人差はないはずです。

 おまけでもう一つ音程の怪談です。これは「楽器が温まると音が高くなる。」と言う物です。
 楽器が温まると楽器は膨張します。つまり楽器の容積は大きくなるのです。楽器の容積が大きくなれば楽器の音程は下がるはずです。しかし、多くの場合楽器が温まると音程が上がります。これは楽器の問題では無く演奏者の問題だと思います。
 私はクラシックでもジャズでも良く楽器を持ち替えます。その場合、吹いている楽器は暖かく、吹いていない楽器は冷たくなります。もし、楽器が温まると音が高くなるのであれば、吹いている(暖かい)楽器の音は高くなり、吹いていない(冷たい)楽器の音は低くなるばずです。しかし、実際にはその様な事は起こりません。吹いていた(暖かい)楽器の音が高ければ、置いてあった(冷たい)楽器の音も高くなります。つまり、楽器の温度ではなく演奏者の身体の温まり具合で音程が変わると言う事です。

 最後に「厚いリードを使っている人は上手い。」というのも多くの吹奏楽部に伝わる怪談の一つです。
 もっとすごい話では「唇から血が出る迄練習しろ。」「何度か切っている間に唇が丈夫になり良い音が出るようになる。」と言う物もありました。これらに共通する考え方は「辛い練習に耐えろ。」「そうすれば上手くなる。」と言う物です。
 私は好きではありませんが、辛い練習に耐える事も時には必要かもしれません。しかし、辛い練習をしたために身体を壊してしまったり、悪い癖を付けてしまったのでは、何の為の辛い練習なのか分からなくなってしまいます。

 本当に上手な人とは楽器コントロールの上手い人と言えるでしょう。楽器コントロールがし易いリードは薄いリードです。ただ、薄いリードにも欠点があります。「良い音色を出すのが難しい。」「フォルテ(大きな音)を出すのが難しい。」というのがそれです。しかし、楽器を上手にコントロール出来る人はこれらも上手にコントロールします。薄いリード持つ表現力を厚いリードに求めるのは殆ど無理でしょう。しかし、厚いリードの持つ音色やダイナミクス(音量)は上手になれば薄いリードでも可能です。つまり、本当に上手い人は薄いリードを使いこなしているのです。
 また、唇にはリードをコントロールする為に必要な(大事な)神経が何本もあります。唇を切った時にそれらを切ってしまうこともあります。神経を切ってしまえばリードのコントロールは出来なくなってしまいます。どんな理由があろうと唇を切る迄練習をしてはいけません。

 吹奏楽部の怪談はまだまだあります。また、皆さんの吹奏楽部にも怪談がありましたらお知らせ下さい。機会を見てまた取り上げたいと思います。


追記

この文章には一つだけ「問題提起」を意図した文章があります。
「楽器が温まると…」と言う話です。

経験上、楽器の温度で若干音程が変わる事は体験していますが、多くの場合調節可能な範囲です。

しかし、これを必要以上に(神経質な迄に)気にし音程が合わない理由にする人が多いので「本当にそうなの?」と問題提起をしてみたのです。

「楽器が暖まると音程が下がる。」と言う(経験とは反対の)事を言う為の屁理屈を考えたのですが、良いアイデアが無く「膨張して容積が増える」等と言う誰が見ても間違っている理由しか浮かびませんでした。

当時のアクセス数(1日に数十件)から考えると相当数の反論が来る事を覚悟したのですが、反論は1件のみでした。

それには温度差による音程の変化と、同じ温度差で考えられる容積の変化の計算式が添えられ、楽器が温まると音程が高くなる可能性が高いと言う結論が導かれていました。
但し、楽器にはそれ以外の要素も関係している可能性が高く正確には検証する必要があるとの事でした。

私もこの考え方には賛成です。


後日、この文章を読んだと言う友人達に意見を聞いた所「変だとは思ったけど正面切って反論する裏付けがない。」と言う様な意味の返答ばかりでした。

定説になっている事でありながら皆半信半疑なのです。
やはり何らかの形で実験し、検証する必要はあると思っています。

この様に定説となっている事でも科学や理論で証明されている事は非常に少ないのです。
ですから定説に拘り過ぎる事無く柔軟に考えて頂きたいと思います。
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