絶対音感はSaxに向かない [コラム]

 ちょっと前に「絶対音感」と言う本が売れました。私も生徒さんに借りて(あっ、まだ返していませんでした。)読んでみましたが、今回の話はそれとは全然違う話です。

 絶対音感と言う言葉には(1冊の本になってしまう程)色々な定義や考え方があるようですが、一般的にはピアノの音程を完璧に覚え、全ての音をピアノの音に置き換えてドレミで言える能力を言う様です。簡単に言うと、コップを叩いた音が「ピアノのファ。」だとか皿を叩いた音が「ピアノのレのシャープ。」だとかが判る能力の事を言っている様です。私も音大に入学したばかりの頃に、ピアノ科の生徒達が食堂でコップや皿を叩いて音を当てるゲームをしているのを見て驚いたものです。絶対音感を持っていない私は「音大生ってこんなにすごいんだ。」「絶対音感を持っていない私はプロになれるんだろうか?」と不安になったものです。

 このような絶対音感は記憶に頼る訳ですから、子供の頃から勉強をしなければ、きっと身に付かないでしょう。そして、音楽家になる為に絶対音感が必要ならば、子供の頃から音楽教育を受けた人以外はプロには成れない事になってしまいます。実際、ピアノや弦楽器に関してはそのような傾向があるようです。しかし、管楽器の場合は必ずしもそうとは言えません。

 その、理由として「管楽器が移調楽器である。」と言う事があげられます。「アルト・サックスはEb管だ。」とか、「テナー・サックスはBb管だ。」とか言うのがそれです。これは、「アルト・サックスでドの音を吹くとピアノのEb(ミのフラット)の音が出る。」とか「テナー・サックスでドの音を吹くとピアノのBb(シのフラット)の音が出る。」と言う事を表しています。何か面倒な話で申し訳ありませんが、簡単に言うとピアノの「ドの音の高さ」はどの楽器も一緒だけれども、管楽器の場合は楽器によって「ドの音の高さ」が変わってしまうと言う事です。何故このような事が起こったのかと言う話はそれだけで随分と長くなってしまうので、今回は触れない事にします。管楽器の長い歴史の中で、「自然にそうなった。」と考えて下さい。ある程度楽器を吹きこなし、色々な楽器を持ち代える様になると「移調楽器の便利さ。」が分かると思います。

 話を戻します。管楽器奏者はドの音の高さ(キー)が違う楽器を吹かなければなりません。ですから、先程述べたような絶対音感を持っていると楽譜に書かれた音と実際に楽器から出る音が違って聴こえてしまい、演奏が出来ないのです。

 もう一つの理由は、音楽的な演奏をしようとすると「各音の高さを調節しなければならない。」と言う事があります。つまり、メロディーやハーモニーを綺麗にする為にはドを低めに吹いたり、高めに吹いたりする必要があるのです。この調節の仕方や度合いは、調子、ハーモニーの種類、組み合わせる楽器等の条件によって様々に変化します。また、同じ音を長くのばす場合、微妙に音程を変化させるのも良く有る事です。「楽器の王様。」と呼ばれるピアノでもこれは出来ませんが、管楽器には簡単に出来ます。管楽器ではピアノに出来ない音程を取る訳ですから、ピアノの音感を身に付けても仕方が無いのです。

 管楽器奏者は状況に合わせて最も綺麗な音(響き)がする音程を取らなければなりません。ですから、「私はアルト・サックスしか吹かないからピアノでは無く、Ebの絶対音感を持てば良いんだ。」と言う考え方も管楽器には向きません。つまり、機械的にいつも同じ音程を出していたのでは、演奏にならないのです。「それじゃ、何か色々と難しそうで、サックスなんか吹けない。」と思うかもしれませんが、逆にこれを上手く利用してしまえば良いのです。

 サックスを習う事を尻込みしている人にその理由を聞いてみると、「楽譜が読めないから。」「音感がないから。」と言う理由を多く聞きます。前にも書きましたが、「楽譜を読む事」と「サックスを吹く事」は全く違うものです。また、「音感が無い」と言う時の「音感」は「絶対音感」の事を指している場合が多い様です。管楽器を勉強するのに絶対音感は必要有りません。ですから「楽譜が読めないから。」「音感がないから。」と言うのはサックスを勉強するのに殆ど問題にはなりません。音感に関しては、演奏を聴いて「これは綺麗な(汚い)音だ。」とかが自分なりに判断できて、知っている曲を聴いている時に「あっ、音を間違えた。」等が分かる音感が有れば良いのです。演奏を聴いてそれをドレミで歌える必要等ないのです。楽譜を見て歌える必要も勿論ありません。

 綺麗なハーモニーが出ないからと言ってチューナーを持ち出し一人々々音を合わせると言うのも、絶対音感に捕われた考え方です。チューナーは絶対音感の元となっているピアノ(平均律)を基準に作ってあります。それに合わせたところで、管楽器らしい綺麗なハーモニーは出ないのです。それよりも、演奏している人達が「このハーモニーは綺麗ではない。」と感じる事が大事なのです。そして、チューナーを使って30分チューニングをするのであれば、基準の音を決め、それは固定して他の音を上げたり、下げたり色々と工夫をして綺麗なハーモニーが出るポイントを見つけるのです。30分間もあれば何回も練習できるはずです。この時、基準の音は機械に任せるのも良いかもしれません。初めはいつまでもポイントが見つからずに苦労するでしょうが、慣れてくると比較的簡単に綺麗なハーモニーが出るポイントを見つける事ができるようになるはずです。これをくり返す間に管楽器奏者が持つべき音感「相対音感」が身について来ます。「また、何やら新しい言葉が出て来たぞ。」なんて言わないで下さいね。

 相対音感は周りの音を聴きながら自分の音程を決めていく音感です。絶対音感が音を記憶する必要が有るのに対し、相対音感は状況判断を必要とします。記憶に頼るものは子供の頃から学習した方が良いでしょうが、状況判断を必要とするものはトレーニングでいつからでも身に付ける事が出来ます。ですから、サックスを勉強しようとする人が音感を付ける為には音を覚えるのでは無く、自分が置かれた状況の中で、最も綺麗な音を出す事を心掛けるべきなのです。

 サックスと言う管楽器を勉強するのなら、サックスに合った音感を身に付けるべきです。それはトレーニングさえすれば、ある程度の年令から始めても十分身につける事が出来ます。サックスに合わない「絶対音感」を「最高の音感だ!」なんて思い込んで「私には音感が無い。」だから「いくら勉強したってサックスなんか上手くならないんだ。」なんて諦めないで、サックスに合った音感を身に付けるトレーニングを始めましょう!
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